PROJECT

熱海教材マップ制作プロジェクト

 

熱海という結節点を描く

 

芝浦工業大学附属中学高等学校の熱海セミナーハウスで実施されている研修プログラム。その教材マップ制作のご相談をいただいたのは、約3年前のことでした。

2024年春、実際の研修に参加させていただき、生徒や先生たちとともに熱海の町を歩きました。

今回のマップ制作は、その体験を起点に進めています。

海岸線からすぐに急峻な地形が始まる、独特な熱海の海岸(サンビーチ)

 

 


 

 

海から立ち上がる地形と鉄路

 

熱海は、海岸線から山へと急激に立ち上がる傾斜地に築かれた町です。

鉄道目線で見ると、この地形こそが物語の始まりです。急峻な丹那山地は東西交通の大きな障壁でした。蒸気機関車時代、旧東海道本線は勾配を避けるために山裾を縫うように走り、長大トンネルを連ねながら峠越えをしていました。

そのボトルネックを根本から解決したのが、鉄道土木史に名高い丹那トンネルです。1934年の開通により東海道本線は現在のルートへと切り替わり、線形は大きく改良されました。

トンネル開通以前の「旧線」は山肌に張り付くような急曲線と勾配の連続。対して現在線は、丹那トンネルによって一気に山を貫く、より直線的で高速運転に適した線形へと生まれ変わりました。

地形が線路を規定し、技術がその地形を乗り越える。その転換点に立つ町が、熱海なのです。

熱海の歴史を語る上で欠かせない丹那トンネル。上部には「丹那隧道」と書かれた銅板のプレート、その両脇に[2578]と[2594]と書かれている。この数字は丹那トンネル工事着工の西暦1918年と開通の1934年とを日本の皇紀で表した数字。

 

 


 

 

人車鉄道から新幹線へ

 

熱海の鉄道史はさらに遡ります。

日本初の人車鉄道として知られる熱海人車鉄道の時代。やがて軽便鉄道へと発展し、幹線鉄道へ接続していきました。

そして1964年、東海道新幹線の開業。東京からわずか1時間足らず。「都心に近い非日常」として熱海は爆発的な人気を獲得し、昭和40年代に最盛期を迎えます。

しかし平成に入り、交通網のさらなる発達と観光地間競争の激化の中で、かつての勢いは次第に落ち着いていきました。

豆相(ずそう)人車鉄道の史跡に設置されている記念碑。熱海ー小田原間(25km)を4時間ほどで結んでいた。

 

東海道本線を横目に高速で駆け抜ける新幹線。熱海を人気観光地に押し上げた2つの立役者。

 

 


 

 

鉄道がつくった町、これからの町

 

現在、熱海の主な収入源は観光業。別荘所有者による税収など、市外からの経済的流入が大きいという構造も、この町の特徴です。

一方で、高齢化や若年層流出といった課題も抱えています。だからこそ近年は、温泉だけでなく景観や食、スイーツなど新たな価値を前面に出し、若い世代や外国人観光客を取り込もうとしています。

週末には決まって行列になるという熱海プリンの専門店。若い世代や外国人観光客を惹きつけている。

 

 


 

 

生徒たちの発見をどう地図に落とすか

 

研修中、生徒たちは観光名所を巡り、坂道に息を切らせ、海の広さに歓声を上げ、トンネルの話に耳を傾けていました。

私が感じた熱海は、「地形の迫力」と「鉄道が貫いた時間軸」。

それをどう一枚の教材マップに落とし込むか。

単なる観光案内ではなく、地形・歴史・交通という三層構造を読み解けるマップにしたい。

鉄道ファンの視点で見ても発見があり、生徒が見てもワクワクする。そんな一枚を目指して、制作を進めています。

制作はまだ道半ばですが、熱海という土地の奥行きと高低差の魅力を丁寧に描き進めている。

 

2024年の研修に参加した際に印象に残った体験をスケッチとして残したもの。

 

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